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広島の日, 長崎の日に by Yoko Ono [徒然なるままに]

昨年記事にさせていただいた、小野 洋子さんの文章、再掲載いたします。 
人間は忘れる動物。というか、生き物は忘れて生きて行くもの。
でも、人間は、記録するということができます。
去年と今年、どのくらいの事を、忘れたのかな?
自分で読み直して、そう思いました。 
2012年 8月6日 Kayo
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http://imaginepeace.com/?p=15571

広島の日を迎え、小野洋子さんが、Webに掲載したメッセージ。
素晴らしい文章だと思いました。
そして、上記ページに翻訳機能もあるのですが、この日本語は正直、かなり残念なものですし、
ひょっとしたら、どこかで、彼女の日本語版というのがあるのかもしれず、そうだったら、大変おこがましいこととおもいつつ、名文だとも思ったので、自分のために、訳してみました。

実のところ、やはり「企業や政治に対する怒り」は、私としては持たずにいることは、難しいです。
でも、彼女の言う通り、それが、時間を無駄にするとなのも、納得ができるし、人を信じることから、いや、自分を信じることから生じるパワーというのは、この難局にとても必要なことなのだと、感じます。

福島原発の事故のあった年の広島の日に

以下訳:Kayo
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
広島の日、長崎の日に – August 6th, 2011 by YOKO ONO

人類の知性と、眠っている無意識の能力を信じて

昭和20年、広島と長崎に核爆弾が落とされたということは、史上最大の悲劇でした。66年という月日が経った今でも、まだ、たくさんの人が広島と長崎では、その後遺症に苦しんでいます。

そして、また核の悲劇が幕をあけてしまったのです。2011年3月11日の大地震と津波から。

でも、今回は世界の人々は賢くなっています。皆、気がついています。この悲劇が日本の福島という限られた地域の悲劇でなく、この星全体の悲劇だということを。

この悲劇から私たちが受けた警告を肝に命じ、この地球の全ての人の信念と努力で、危険にみちあふれた世界を後にし、新しい未来の世の中を光のような早さで築いていくのです。

そう、それが、我々のするべきこと。そして、私たちは、それが、できるのです。

「その人の考えたことが、その人と成りとして、現れる」 仏教の教え。

悪いことが起きている時に、どうすればいいのか、私たちは、わかっているのです。

今、この時こそ、全ての人類が、自分の中の無意識の中に眠る力をしぼり出して、未来を健全で、平和な世の中にすることから阻む、大きな山を動かすのです。

まずは、「いい事を考える」ことから、始めましょう。 ー特に自分のことを。--
自分の欲でしか動かない、企業、口から出任せの政治家に腹を立てて、時間を無駄にしないこと。自分たちに何ができるのか?それだけに、集中するのです。

私たちの中にある「良いところ」みんなにあるはずです。それを信じましょう。
魂の乾きに苦しんでいる人々には、オアシスになってあげましょう。不正、不公平のない、社会を目指すのです。

今回、史上稀な試練を私たちは与えられたのです。大規模な啓蒙、そして精進をしなさいと。
今まで経験した試練とかわりはありません。いつだって、人類は試練を経験し、それと付き合い、乗り越えて、バラの香りが、ただようほど、幸せを手に入れてきたのですから。
人類とは奇跡の種なのです。なんでも、やりたいことが、出来るのです。
何をするべきかだけを考えましょう。とても単純なことです。

人々の瞳を見つめて下さい。
それは、貴方の瞳なんです。
きれいですよね。
笑っていますよね。

出発です

心をこめて
yoko

Yoko Ono

にゃんこはうす 写真展  [ちょっとしたイベントだ!]

福島原発の避難区域となり、置き去りにされた動物達の保護および、未だにその区域内で生き続けている動物達にえさやりなどのボランティア活動をしている皆さんの主催した、写真展に行ってきました。
ちなみに、江川 紹子さんのリツイートで知った写真展です。

http://sun.ap.teacup.com/petitpont/920.html
詳しくは上のリンクをお読みいただくのが良いかと思います。

主には中川こうじさんというフォトグラファーの作品。
中川さんは、「のらねこ」というシリーズの写真集をだしていらっしゃいます。
彼のサイトは
http://www.street7cats.com/

つまりのらねこを撮影していらしたのですが、昨年の3.11 以降、被災地に足を運び、そこに残され、行きている猫達、そして他の生き物達を撮影されているようです。

会場に中川さんがいらしていました。

そして、お話しることができ、ご了承いただいた上で、その作品数枚、私がスナンップしたものを掲載します。

Fcat1.jpg
私が一番印象に残った写真。
中川さんにお聞きしたところ、このビニール傘は、中川さんが持っていらしたもので、この子は中川さに寄ってきて、なついた子だったので、その後保護されたとの事。

しかし、時が経つにつれ、人間不信をつのらせている犬や猫が増え、捕まえるのがむずかしく、つまり保護することが難しくなっているとのこと。
それは、犬も猫も同じだそうです。

FCATS2.jpg

突然、ヒトが皆、消えてしまった家に、靴の投げ出された家で、それでも、生きて行くことだけ、考えているのでしょう。ヒトは、言葉をもっているので、あの日何が起きたのか。それが、ヒトの犯した大きなあやまちであることを知っていますが、彼らには、どうしてこんなことになったのか、それを知るすべすらありません。とにかく、生きています。

FCATS3.jpg

皆同じ目をしています。辛い眼差しです。

FCats4.jpg

色彩が気に入った一枚。でもこの子の目も同じです。

fdag.jpg

このワンちゃんの目も。

ヒトのいなくなってしまった場所。 ですから、人の出す、ゴミ、残飯などもありません。

鳥をなど小動物というのも、中川さん曰く、それほどいないということです。つまり、彼らはボランティアさんの持ってくるキャットフードやドッグフードを食べて生きています。

豚や牛、福島にはダチョウ園があり、そのダチョウもそれを食べているそうです。

ダチョウに関しては、だいぶ亡くなったらしいのですが、現時点で4羽いるとおっしゃっていたと思います。

もう一つ、中川さんがおっしゃっていて、印象に残っていること。
「東北の人達は本当にやさしい、いい人達。常に人の事を考えている人達。たとえば自分が、おにぎり、一つしかもっていなくても、それを半分にして、くれるような人達。だから、困っていても、それを大きな声で訴える事をしない。政府や東電はその気持ちを利用している。そのことを許しちゃいけないし、彼らが声にできないことを、我々が、声をあげていかないと。」

そうだと思います。 本当に困っている人達、いや、生き物達は声を上げる事が難しい。
私に出来る事は、本当に本当にちっぽけだけど.....


関西方面でも今後この写真展をひらくとのこと。

おばさん、ビルボード東京に行く [ちょっとしたイベントだ!]

Davy Jonesさんが2012年2月29日に急逝されました。
Davy 本当に元気をくれる歌の数々をどうもありがとう。
そして安らかに。
------------------以下ビルボード東京での2010年のライブのレポを、再掲載させていただきます。------



急に決断して、ビルボード東京に行ってしまいました。
もちろん、ライブが決定した時から見たかったんですけれど、
諸々考えると決断できなかったのです、Davy Jonesのライブ。

高級そうなライブハウスだし、(笑)ビビリましたが、がんばって行った甲斐がありました。

もちろん、彼もおじさんでしたし、あ正確に言いますとお孫さんが4人(もしかしたら3人かもすみませんいい加減で)いるとMCで言ってらっしゃいましたから、おじいさんなんですけどね。
「僕には子供が3人いて、全員オンナなんですけど、(ここにオヤジの哀愁あり)で孫が4人!」って言ってました。お孫さんの人数と娘さんの人数を私が混同している可能性大です。

相変わらずのいい声でした!

私はモンキーズはレコードしか持っていないので、(正確に言うとCDもちょっとありますが)ずっと聞いていなかった曲達なのですが、高校生の若い脳細胞に植え付けられた歌詞は、今でもちゃんと覚えていました。

曲のアレンジはそれなりに今風になっていてかっこ良かったです。
サックスとトランペットも入ったバンドでした。

多くの方が感じたと思いますが、彼の英語のMCが本当に明瞭でわかり易い事!
英語の先生になって欲しいです。

懐かしい曲の数々でしたが、凄く嬉しかった曲2曲。

* When love comes knocking at your door
私が一番好きなモンキーソング。
でもそんなにメジャーじゃないから、聞けるとは思いませんでした。
もう遠い記憶ですが、私が高校時代に見た厚生年金会館(だったと思うのですが)のライブでは、
これはなかったと思います。
Davy Jonesさんが、2012年2月29日、急逝されました。
まずは、彼が素晴らしい歌の数々を遺してくれたこと、天国のDavyに伝えたいです。
そして、安らかに。

以下は、2010年、はからずも、彼の最後の日本でのライブになってしまった、ビルボード東京での、ライブのに私が行った時のレポです。 再掲載させていただきます。


この曲を紹介する時に、”Pretty little song"って表現をしていたんですが、なんて素敵な響きでしょう!

* Rainy Jane
コンサートに行くときめてから、私の頭の中では、この曲がリフレインしていたんです。
なんでだろ?梅雨だからでしょうか?(笑)これも、メジャーとはいえない、彼がソロで発表した曲ですが、とても彼らしい、「泣くのはおやめ/元気をだして!」ソングの決定版なんですよね。
歌詞見つけたので、梅雨にもちなみまして、整いましたら、歌詞の訳をアップいたします。

その他にもマイクのPapa Gene's Blues なんて意外でしたし、Mickeyヴォーカルの曲も何曲かありました。で、ちょっと私としてグッときたのは、「マイクもミッキーもピーターもアメリカにいて、僕たちはここであつまってるわけだけど。。。」って彼らの名前を出したとき。
昨年ピーターが大病をして今もかんばり中ということを、このブログでも書きましたが、私としては、その思いがあったので、ぐっときましたよ。

本当に、Fabulous なEntertainerです!

ちょっと嬉しかった事。ひっそりだけど、思ったよりも男性のお客さんが楽しんでいらっしゃいました。いいじゃないか!おじさんだって、モンキーズが好きなんだ!!
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From グリベック to  タシグナ [患者としてつぶやいてみる]

さて、私が、薬を変更してから、1か月が経ちました。入院の際に色々な形でご心配下さった皆さん、お心使い下さった皆さん、どうもありがとうございました。

この記事は、もし私と同じ病気とつきあっている人の中で同じように薬を変更する人が、検索して、場合によっては参考になったらというような思いもあって書かせていただきます。

わたしが、入院前に飲んでいた薬はグリベックといいます。
この名前でググっていただければ、いかにこれが、画期的な薬かが、わかっていただけると思います。
で、今回私が飲み始めたくすりは「タシグナ」といいます。グリベックの後に、グリベック以上に良い薬をということで、開発された薬です。
1年くらい前までは、(すみません、いつからというのが、曖昧です。少なくとも私が診断をうけた2009年においては)この薬はあくまでも、グリベックが効かなくなった患者のみに投与されていました。あくまでも、「まずは、グリベックを使ってなおしましょう」というルールがあったのです。そういう、「まずは、この薬を使う事」と定められた薬を「第一選択薬」と呼びます。で、タシグナとスプリセルという薬がその後開発され、「第二世代の薬」という位置づけで、グリベックが効かなくなったら、使うという事になっていたのですが、それが、「グリベックが効かなくなっていない患者さんでも、タシグナとスプリセルを使ってもいいよ」ということになったのが、この1年くらいのことなのです。

私の場合も、グリベックが効かなくなったわけではありませんでした。変更することになったポイントは大きくは2点。

1. グリベックを2年ちょっと飲み続けて、実際に害をおよぼす量ではなく、コントロールできていることは、できているが、「悪い細胞君の生き残り」が、ほんのちょっと今でも検出されている。 で、完全撤退を願うべくより効果の高い、タシグナにご登場いただく。 もし、この完全撤退が実現した場合、その後、タシグナを飲み続けなくてもよくなる可能性もあるかも。
2. グリベックの副作用がなくなるかも。 私の場合、グリベックで実はキツかったのが、筋肉のつり。 皆さん、いわゆる「こむら返り」経験あると思うんですが、朝方、かなりの確率で足がつりました。しかも早朝、まだ寝ていていい時間にこれで、起こされる。それは、辛かった。 あと、夜、次の日のお弁当を作るの日課にしていたのですが(今サボリ中でーす)包丁を持つ手が「ピキッ」とつるのです。足だけでなく。手だったり、腹筋がつるということもたまにありました。 で、血液検査でいつもCK(クレアリニン キナーゼ)という値があるのですが、これが、筋肉が障害を受けると高くなる値で、これが、グンと高くなっておりました。で、タシグナに変えればこれが、なくなるかもしれまいね。というお話でした。


さて、実際飲んでみてどうなの?ってお話ですが、
1.に関しては、まだ、服用開始後、詳しく「悪い細胞君の撤退具合検査」をしていません。 ただし、単純に赤血球、血小板、白血球などの数値から、ドクターとしては、いい撤退具合なのではないかと考えているようです。白血球、血小板は、正常値以内、(健康な人の検診時の正常値ということです)赤血球に関してはちょっと下回っており、グリベック服用時にくらべ、一時期貧血気味でしたが、それも戻ってきました。
2. 副作用の足のつり、に関してですが、こちらは、劇的でした。 タシグナ服用2週間くらいで、CKの値は標準値に戻り、その後もグングン下がり続け...したがって、足のつりは、なくなりました!


以上が現時点での客観的ご報告です。

ただし!!いい事ばかりではありませんで、それも、報告しておいた方が、同じ患者さん達のためかなと思いますので...

タシグナ服用2週間ほど、「胸焼け」に悩まされました。 これまた、深夜とか早朝ムカムカして、寝不足をするのが、メッチャ辛かった。ドクターにも「正直、こんなに寝不足するんじゃ、この薬のみたくなくなるわー」と伝えました。 で、フッと気づいたこと2点、「胸焼けしているのは、横になっている時で、起きている時は、平気」
「グリベックは朝、一気に飲むだけだったのに対し、タシグナは朝と夜飲んでいる。しかも夜、寝る前に飲んでいる」ということ。ドクターにそれを伝えると、横になって胸焼けということは、胃散が逆流しているということで、「逆流性食道炎」ではないか?と。
そして、寝る前に飲む薬ですが、寝る前でなく、飲む時間を変更することを、私自身が実験(?)してみました。

少し詳しく話しますと、このタシグナ、患者さん達にとって、とても頭の痛いデメリットが服用時間なのです。
グリベックは朝一回飲めばよかったのが、タシグナは、「朝晩、12時間あけて、2錠づつ、食間に飲む。服用後、1時間は食事をしない。食後2時間は服用しない。」


なかなか、難しい注文だと思いませんか?皆さんが飲まないといけないとして、たとえば、朝ご飯を食べて、会社に行って、仕事中(私は10:30仕事開始なので、仕事開始前にで良かったのですが)に朝の分を飲み、寝る前10:30に夜の分を飲む。(そのかわりちゃんと夜8時半までに食べておくこと)...というのがパターン1.


はじめは、私もパターン1を採用していました。 それを、寝る前に飲むのがイヤなので、 次のパターン2に変更。


パターン2; 朝起きたら即飲む!(だいたい6時) 1時間ウダウダ着替えたり、準備して、1時間経ったら、朝食。夜は夕方6時、仕事場が、「ここからは、残業だからね」ムードがうっすら漂い始める時間に、飲む!そう、残業なければ、飲んでサクッと「おつかれさまでしたー!」 で、夕飯はそこから、1時間後。普通に自宅に帰って食べるなら、充分服用後1時間経っているし、その後飲み会だよっていっても、だいたい1時間は経ってから始まる感じなので、あまり問題なし! まー朝、頑張っておきて飲むのはちょっと大変。 でもがんばってます。

この飲み方にして、胃散をおさえる薬、「パリエット」を夜2錠、飲むようになって胸焼けもなくなりました!したがって、快眠!

もう一個、ちょっと私として心配なことは、心電図。「上室性期外収縮」という不整脈があるのがわかっています。これは、健康な人にもあるタイプの不整脈で、例の胸焼けによる寝不足があった頃の心電図なので、場合によっては、寝不足によって起こっていたことかもしれません。今後改善されて欲しいことではあります。

以上、服用から一ヶ月のご報告でした!

あ!タシグナは、グリベックより、どう良くなっているか?をもうちょっと追記します。
以前も一度グリベックの仕組みを書かせていただいたことがあるのですが、この薬なかなか、姑息な手段で悪い細胞に立ち向かっているんです。
「A,Bという2つの物質同士、これがバラバラでは、たいした悪ではないのですが、くっつくとかなりな悪党になる。」これが、悪い細胞君の誕生すルメカニズムで、グリベックというのは、その物質Aにひっつくことによって、Bがくっつけないようにしてしまう。これが、グリベックの攻撃方法です。
で、タシグナも同じメカニズムなのですが、タシグナは、Aに対して、グリベック以上に「ピッタリ」くっつくんだそうです。

長文におつきあいいただき、ありがとうございました!

1週間シャバを離れます [患者としてつぶやいてみる]

私事ですが、来週一週間チョイとシャバを離れます。

このブログで私の病気の話を時々している関係と、なるだけこの、名前の後ろ部分がメジャーなわりに、その実態が知られていないマイナーな病気「慢性骨髄性白血病」について,ちょっとでも多くの人に知っていただきたいという思いがありますので、書いておきます。

このブログを読んで下さっている方はご存知の通り、この病気には良いお薬が10年くらい前から使われるようになり、私もそのお薬のお陰で、元気にしております。 ブログやツイートで、仕事に行っていたり、スケート見に行ってたり、夜遊びをしていたり(?)というお話が多い訳で、おわかり頂けると思います。

で、このお薬「グリベック」と言いますが、その後に開発されたお薬が今のところ日本では2つあるんです。「第2世代の薬」と呼ばれてます。「タシグナ」という薬と、「スプリセル」という薬です。

それで私このたび、このタシグナを試してみることになりました。

これは、決して私にグリベックが効かなくなったからではなく、あくまでも「新しい薬なので、効果も一般的には高くなっているし、副作用も一般的にはより、マイルド」ということなので、変更をするわけです。万一今度の薬が合わないということがあったら、また、グリベックに戻ればよいという意味では、私も気持ちはちょっと楽です。

そんなわけで、具合が悪くなっての入院ではありません。で、なんで薬を変えるだけで、入院するかというと、それは、私に前科があるからで、循環器のために飲んでいる薬と、今度のタシグナが作用し合うので、飲み始めは採血を何度もしながら、量を調節する必要があるのです。グリベックの時もそれは同じで、1か月くらいで、だいたい量がおちついたでしょうか。まずは、最初の1週間くらいは、それなりに変化が予想され、飲む薬の量が日によって変わったりするわけです。基本採血しないと、自覚できる症状があるわけじゃないので、仕方がないのですが。

私の場合、会社にもここに書いたのと同じことをお話して、お休みを頂きました。
理解をして下さっている上司にとても感謝していますし、同僚の皆にも、Take care、新しい薬がもっと効果があるといいね!とメールをもらいました。

とはいえ、飲んでみないと、こればっかりは、どうなるかわからないって事も多いので、ちょっとドキドキですが、来週火曜日から金曜日まで、シャバを離れます。

でも、iPhoneと小さいPCは持っていっておそらく、つぶやけるとおもいますので、その時はお時間のある方、おつきあい下さいませ。

盲導犬にタオルを! [お礼とか事務連絡とか]

mixiの視覚障害のためのコミュニティーで下記のような書き込みを見つけました。
家にも、使ってもらえそうなタオルがあるので、送ってみようと思っています。
もし、皆さんの家にもあれば、ご協力していただけたら、嬉しいです。
ちなみに、タオルのサイズ、今確認中。バスタオルサイズは、確実に必要そうです。私自身、結構ハンドタオルで、それなりに使い込んじゃったやつを持っているので、それも、使っていただけるならと考えていますが。 あ-我が家にも猫のおばあちゃんがいるので、その介護(?)用にある程度とっておかなきゃいけないんだけど(笑)

以下、コニュニティーに書き込んでいらした、弓子さんから、許可をいただきましたので、弓子さんの書き込みの引用です。


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今回は視覚障害者本人を支援というよりも、視覚障害者を支えてきた盲導犬を支援するお願いになります。

盲導犬は定年退職後、引退犬ボランティアさんたちによって穏やかな余生を過ごします。
引退犬もやがて年をとり、寝たきりになります。
そんな後期高齢犬を支えるボランティアさんを支援している組織が「日本サービスドッグ協会」です。

寝たきりとなった わんこたちにはたくさんのシーツやタオルが必要です。

しかし今年は東日本大震災のため、これまで譲っていただけたルートが絶たれてしまいました。

余っている分だけで結構です。
使い古したシーツなどでもかまわないとのことですので、
どうかみなさんの暖かいご協力をお願いします。

問い合わせ先:
日本サービスドッグ協会
TEL:0745623605
Eーmail:  jsda@servicedog.or.jp

送り先

 〒639-2121
奈良県葛城市新村210番地
Tel&Fax 0745-62-3605
E-meil:jsda@mint.ocn.ne.jp

URL:http://www.servicedog.or.jp/
ほんわか事務所便り:http://jsda.blog64.fc2.com/
   

The Tetrads Box Vol. 1 [Viva !Tribute Bands]

これも、続きはWebで! と言ってましたので、 ここに記事にしておきます。(笑)

台風の迫ってきた9月20日 六本木アビーロードに行ってきました。

こういうお店のイベントというと、バースデーイベントといって、例えば、ジョンのお誕生日に、ジョンのソロになってからの曲が聴けるとか...クリスマスとか....「いつも聴けない曲が聴けますよ」という魅力があるのですが、今回のは、いつも、聴ける曲。 単純にアルバム3枚分、順番通りに演奏しますという企画で、ある意味地味かな?とも思いましたが、どうして、どうして。

まずは、Please please me のアルバム
1 2 3 4!からはじまり、Shake it up baby now! で終わるわけですが、ズン!ときたのが、Love me do
みなさん、この曲お好きですか? 私、正直どちらかというと、地味な曲だと思ってました。
でもね、ジョンのハモニカと、ポールの声のバランスって凄かったんだなーって。それを気づかせていただきました。

With the Beatles のアルバム

All I've got to doでのKougo さんのお話が興味深かった。「当時イギリスでは、それほど、カップルが電話で話すということがなく、電話がもっと広まっていた、アメリカに向けての作戦として、電話しろよという歌詞を考えた」という内容のお話。 フーム。
なるほど、アメリカでは"♫ Kissin' on the Phone 〜 UUmm"なんて曲もありましたっけ。
私自身、「なんで、ポールは手紙で、ジョンは電話なんだ?」の思いはあったのですよ。
ジョンは、Anytime at all でも、「電話しろよ」ですし、No reply でも、「電話をしても居留守使われた」わけで、ポールはAll my loving , P.S. I love you と、お手紙ソングなもので。
なんとなく、ポールの方がマメな感じはあるので(笑?)ジョンは「めんどくさい! 電話しちゃえ!」的な、そういうことかと考えておりましたが、アメリカ狙い。あると思いました。
Roll over Beethoven が、ワシントンDCコンサートのオープニングになったのは、ジョンがチキンだったから、まずは、ジョージに歌わせたという話も、なーるほど。

だんだん、メンバーも客席も温まってきたなーって感じて

A Hard Day's Night のアルバム

出てきたところで、感動しました。 George 係の金子さんの抱えているのが、ピカピカの12弦ギター!! 以前「12弦ギターがまだ、ゲットできない」という話をステージでしていたので、その姿を見ただけで嬉しかった! そんな、ギターの勢いも借りてか、タイトルソングの ジャーンから、
エンディングそしてそのまま、I should have known better のハモニカにつながった時には、会場もワーッと湧きました。

そんで、彼らとしては、Videoにもしている, オハコのTell me why やはり、心を動かされるものがありました。

通して感じたのが、
初期の3枚の中でのジョンのハモニカの存在感! なんでその後彼はハモニカをあまりレコーディングで使わなくなったんでしょうね? 彼としてはとても思い入れの強い楽器だと思うのですが。

そうそう、各アルバムの最後には、「中期、後期の曲も普段はやっていますよ」ってことで、Something , In my life などなども、演奏してくれました。

演奏したテトラッズもそうでしょうし、なんだか、聴いているこちらまで、達成感を感じるような、そんな素敵なイベントでした!


ビートルズの秋 [ちょっとしたイベントだ!]

未だに残暑という感じですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
ぶっちゃけ、この2週間ほど、身体のアチコチに不具合をおこしまして、
なんとなく、落ち着いてまいりました。
感じとしては、簡単にいえば、暑さにやられて、それが、秋近くにドッと来た感じなんだと思います。
この土日で、だいぶ、改善されたと思います。
とりあえず、昔とった、この季節のお花、黄花コスモスなど。
デカイなこの写真。 (笑)

MA320002.jpg

さて、少し前から、秋に向けて、ビートルズ関連のイベントのお知らせをいただいたり、見つけたりしております。
ジョンのお誕生日近くの秋には、そういったイベントが色々あるものなのでしょうね。

まず、見たい映画

ジョン.レノン, ニューヨーク

http://johnlennon-ny.jp/

あとは、トリビュート バンド関係ですが、

下北沢BEATLEWEEK
http://www.birdlandmusic.co.jp/news/#1312605461-769989

六本木アビーロードでは、 テトラッズが、アルバムPelase please me から、A hard day's night まで、3枚、続けてお送りしますというイベント。 http://www.abbeyroad.ne.jp/imagedata/image_tetradsbox_1.jpg ジョンのバースデーには Tokyo Beatle Convention http://www.abbeyroad.ne.jp/imagedata/image_tbc2011.jpg http://www.abbeyroad.ne.jp/events/index.htm マー色々あるわけですわ。 まだ、どれに行けるか、よくわかりませんが、続きはWEB で! とりあえず、去年のTokyo Beatle Conventionのお写真など、貼っておきましょう。

続きを読む


Give Patients a chance [患者としてつぶやいてみる]

震災以来、何度か原発に関して、ここでもお話をしたり、つぶやいたりしていますが、
今回また、少しこの件で書きたいことが出てきました。

きっかけは、チェルノブイリでの移住の基準になった値を超えた地点が今回の福島原発の事故で明らかになったという、このこの記事でした。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110829-00001205-yom-sci

事故直後から、「福島とチェルノブイリはどちらが、深刻か?」と比較するお話は
色々ありました。「そもそも、比べること自体ナンセンス」という識者の意見も読みました。

素人の私としては、「比べるなといわれても、他に比べることもできず、(強いて言えば、あとは、広島、長崎ですよね。)
比べる対象がなければ、事の深刻さ、または、大丈夫なのかを判断するすべもなく…」
それが、正直な想いです。

私は「チェルノブイリより悪い場所があるよ」という記事に、「福島の方がまだ、まし」とか「チェルノブイリよりひどい」という、それこそ、ナンセンスな「勝負」をしたいのでは、全くありません。

なんとしても、実現したい事に気づいたのです。

甲状腺疾患、および血液疾患など、放射能の影響で罹患する可能性の高い疾患の専門医および、医療従事者を、*東北、および関東の病院にできるだけ早く、増やす計画を立ること。 そして、その治療法を研究するチームを強化する計画を立ること。

悲しいことですが、今後、放射能の影響を受けたために、病気になる人は、増えていくでしょう。
それが、チェルノブイリでの患者数より、多いとか、少ないとか、そんな話は抜きにして。
しかも、もっと悲しいことに、このような疾患は、特に福島原発事故がなくても、罹る人は罹るのです。

「残念ですが、今回○○さんの場合、被曝量は○○ベクレルと規定値内で、事故の影響ということでなく、自然に罹患されたと思われ…」
そう言われた場合、「いいえ、確実に原発のせいです!」と証明することが難しいケースも多く起こると思います。
現に今日まさに、こういうケース、報道されています。
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011083000876
理由はどうあれ、罹ってしまった人は、その病気と付き合って生きていくのです。
望もうと、望むまいと…いえ、病気を望む人は、もともといないんです。
そして、原発をどんなに恨もうと、憎もうと、怖がろうと、生きていくしかないのです。

国、そして、私たちは、その人たちが、少しでも、楽に生きられるように、手助けをする必要があると思います。 そのために、できる限りの研究、医学知識、医療技術が結集させることを切に望みます。

ご存知の方はご存知のように、私は今の発達した医学によって、何度か命拾いを、した身です。
高度な技術の必要な、手術を受け、10年ほど前からしようされる様になった、新しい、画期的な薬によって、病気をおさえています。
だから、その医学の進歩というものを信じたいと思うのです。 
生易しいことでないもの、わかります。
でも、その知識、技術をこれを機に結集させて、何人かの人のQOLを、1%向上させることは、できそうだと思いませんか?
それを積み重ねれば、とても大きな「救い」がそこに存在すると思いませんか?

小野洋子さんが、今年の原爆の日に向けて発したメッセージを前の記事で訳しました。
彼女は言います。「私たちの良いところを見つめましょう。特に自分自身の良いところを」と。

「良いところ」と言えるかどうか、わかりませんが、私は病気というのがどんなものかを、大きな病気をした事がない人より、知っています。 その意味でこの記事を書かせてもらいました。

病気になることは、終わりじゃないんです。 病気と付き合いながら生きていくことの、はじまりです。

今回の被曝から、病気になる方々が、少しでも、よい治療を受けられますように。

あーそのために、医学畑でど素人、政治家でもなく、お金もない私に何かできるかなー。

少なくとも、チェルノブイリでどのような治療が行われたのか? どのような事が有効だったのか?どんなケアが足りなかったのか? (または、現時点でも足りていないのか?)真剣に学ぶ必要があると強く感じました。

放射線被曝による疾患。 私の周り、私自身、あなたの周り…今、日本の誰にでも起こりうること。


* 東北、関東の病院に専門医等を増やすと書いたのは、やはり原発の近くから、患者が多く出ると考えるのが自然かと思ったからです。 ただ、食物からの内部被曝など考えれば、それだけでは、不十分だということも、理解しています。



The Tetrads @ Roppngi Abbey Road (For Paul's BD) [Viva !Tribute Bands]

遅くなりましたが、書き留めておあきますね。

6月29日、45年前には、ビートルズが、来日をしたわけですが、この日The Tetradsがアビーロードに出演しました。 そして、その日の3セット目はちょっと遅い、Paulのバースデーイベントということになっておりました。

一応何故か、頑張ってセットリストをメモしましたので、(笑)とりあえず、3セット目だけ、それを書きながら、チョロット感想を書かせていただきますです。

その前の1、2セット目でわーっと思ったのは、Here There and Everywhere。とても綺麗でした! In my life で、ギターの金子さんが、HarrisonとMartineのダブルGeorgeをこなしてしまうのも、大好きです。

そんでもって、セカンドセットでは、私の大好きな,いわゆる”デビュー前”の音源から、Where have you been all my life!!とても良かった!

セカンドセット終了後、隣に座っていらっしゃった、男性のお客さまから、「あの曲は、何と言うタイトルですか?」とご質問を受けました。 おそらく、初めて聴かれたのですが、良い曲だと思われたのだと思います。 少なくともThe Tetradsを見るのは初めてのお客様だったようです。
「Live at the BBCに入っているんでしょうか?」とのお話だったので、ン?最近そこまで、この辺の音源を聴いていなかった身としては、定かでなくなり(笑) iPhoneで調べてStar clubの音源だとお伝えいたしました。 この辺の曲って、改めて思ったのですが、実際ライブの音源で、そんなに録音状態よくないわけなので、Beatlesの原曲を聴いて、いい曲!と思えない人もいるのでは?でも、それを「いい!」と感じた人が、クリアな音で演奏してくれると、本当に伝わるものなんじゃないかと。
すみません。また、こういう曲に対して、語りすぎました。

さて、PaulのBD ミニイベント。 ”ミニ”と言っても、どうしてどうし、メガに頑張っていましたよ。

My Brave face
(ウワー 懐かしい! take me to that place...本当にジョンとポールで歌いたかったんだろうな。 コステロさんゴメン)

Jet
(!)

Calico Sky
(♫ I will love you for the rest of my life〜  キレイだー。)

Mrs. Vandebilt
(白状しますと、この曲名、どうしても思い出せず、前出の隣のお客様に教えていただきました。いくつかの場所でMaccaなどと名乗りながら、すみません。(笑)

Young Boy
(渋い選曲! もう、Youngではない、ポールが、おそらく息子さんに向けて(?)歌った曲なのですが、星さんあなたが、まだYoung Boyなのよね!と思って聴いておりました。)

Driving Rain
(梅雨には最高でした!)

Band on the run
(ドラマチックでいいっすね! 一応エンディング!)

そして、アンコールは

Helter Skelter
(Ringo係の佐藤さんの指にマメができて、オシマイ!!(笑)

I got blisters on my fingers!

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